今まで、罪悪感に引っ張られて、動けなくなることがありました。
本当はしんどいのに、無理をして受け入れてしまう。
断りたいのに、断れない。
距離を取りたいのに、取れない。
そのたびに、「自分はひどい人間なんじゃないか」
そんなふうに思っていました。
でも今振り返ると、あの罪悪感にはちゃんと理由がありました。
なぜ罪悪感が出るのか
小さい頃から、親の言うことを聞くことや、親を大切にすることが当たり前だと
教えられてきました。
親を悲しませてはいけない。
迷惑をかけてはいけない。
そんな感覚が、いつの間にか自分の中に染みついていました。
だから、距離を取ろうとしたときに、
「それは悪いことなんじゃないか」
「親に対して冷たいんじゃないか」
と感じてしまう。
それは、自分が弱いからでも、ひどい人間だからでもありません。
親との関係だからこそ起きること
親との関係は、他の人間関係とは少し違います。
長い時間の積み重ねがあって、役割や価値観も深く結びついている。
だからこそ、少し距離を取ろうとするだけでも、
大きな罪悪感として返ってきます。
でも本当は、
距離を取ることと、大切に思うことは別物です。
罪悪感の正体
振り返ってみると、感じていた罪悪感の多くは、
「相手を傷つけている」と言う事実よりも、
「そうしてはいけないと思い込んでいた自分の感覚」でした。
ずっと、
- 親を優先すべき
- 我慢すべき
- 受け入れるべき
そう思ってきたからこそ、そこから外れようとすると
苦しくなる。
境界線は冷たさではない
境界線を持つことは、相手を切り捨てることではありません。
自分の中にある、
「ここから先は守りたい」という感覚を、大切にすることです。
無理をして関わる続けることが、必ずしも優しさとは限らない。
むしろ、自分をすり減らしてしまう関係は、
長くは続きません。
境界線を持ったあとに感じたこと
実際に境界線を意識するようになってから、最初はやはり、少し罪悪感が残りました。
でも同時に、
「これでいい」という感覚もありました。
無理をしない。
全部受け入れない。
そうすることで、少しずつ自分の中の余白が戻ってきました。
読んでくれた方へ
もし今、
罪悪感で動けなくなっているとしたら、それはあなたが優しいからです。
でも、
その優しさを、自分に向けていい。
距離を取ることは、冷たさではなく、自分を守る選択です。

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