「これくらい、自分がやればいい」
「私が我慢すれば丸くおさまる」
そう思いながら、我慢していることはありませんか。
本当は納得していない、
本当はしんどい。
でも、空気を悪くしたくなくて、自分の気持ちを
飲み込んでしまう。
責任感が強い人ほど、「関係を壊さないこと」
を優先して、自分を後回しにしてしまうことが
あります。
私も、家事や仕事の中で、「自分がやれば回る」を
続けてきました。
でも、その我慢は少しずつ、心も体も疲れさせていたんです。
本当は納得していなかった
例えば、家事。
お風呂の掃除は夫の担当でした。
でも、朝起きると洗っていない。
私は仕事があり、帰宅後は急いで子どもたちの
ご飯を用意しなければいけない。
疲れて帰ってきてから、お風呂を洗う時間も
気力も、本当は残っていません。
それでも、「このままだと回らない」と思い、
自分でやる。
最初は、「たまに」だったはずなのに、気づけば、
夫がやらないことが当たり前になっていました。
でも、本当は納得していなかった。
私の担当じゃない。
やりたくない。
疲れる。
そんな気持ちをずっと飲み込んでいました。
「できる人」が背負う構造
仕事でも似たことがあります。
本当は自分の役割ではないこと。
でも、現場を止めたくない。
利用者さんに影響を出したくない。
空気を悪くしたくない。
そんな気持ちで、我慢したり、断れなかったり。
責任感がある人ほど、「自分がやった方が早い」
になりやすい。
そして、周りもその状態に慣れていきます。
気づけば、「やってくれる人」になり、仕事が
終わらない、増えている。
でも、その優しさや責任感の上で成り立つ関係は、
いつか無理が出てきます。
自分の考えを隠し続けると、心は苦しくなる
本当は、
- やりたくない
- 納得していない
- 違う考えを持っている
- しんどい
自分の気持ちがあるのに、関係を壊したくなくて
言えない。
空気を悪くしたくない。
揉めたくない。
自分が我慢すれば回る。
自分の考えを隠し続けていると、心の中に
モヤモヤが溜まっていきます。
最初は小さな違和感で、抑えることができていても、
余裕がなくなり、ある日突然爆発してしまう。
まさに、私がこれでした。
急に怒ったわけでではなく、ずっと我慢していた
気持ちが限界になったんです。
本音を隠し続けると、生きづらくなる
自分の考えを言わず、相手に合わせすぎていると、
少しずつ苦しくなって行きます。
本当は嫌だった。
本当は納得していなかった。
でも、「自分が我慢すればいい」で飲み込んでしまう。
そうやって、自分の気持ちを後回しにしていると、
だんだん、「自分自身」がわからなくなって行きます。
周りに合わせることが優先になり、常に気を張っている。
それが、ただ疲れるだけではなく、生きづらく
なっていきます。
我慢し続けると、自己肯定感も下がっていく
我慢をし続けると、自己肯定感は確実に削られていく。
理由は、自分の気持ちより、周りを優先することが
当たり前になるからです。
本音を隠す。
無理をする。
断れない。
我慢をする。
それを繰り返しているうちに、「自分を大切にする感覚」がわからなくなっていく。
そして、心もどんどん疲れて行きます。
「私なんて後回しでいい」という感覚が
少しずつ自分の中に積み重なっていくんです。
「こんなにやっても報われない」とみじめな気持ち
にもなるし、相手に大切にされていない悲しさも
感じます。
我慢し続けることが「優しさ」とは限らない
以前の私は、我慢することが大人だと思って
いました。
でも今は、無理をし続けることだけが優しさでは
ないと思っています。
本当は嫌だった。
苦しかった。
限界だった。
その気持ちを、自分だけは無視しないこと。
相手に合わせ続けるのではなく、
まず自分の心の声を聞くこと。
それが、少しずつ「自分を取り戻す」ことに
つながるのかなと思います。
まとめ
責任感が強い人ほど、関係を壊さないように、
自分の気持ちを後回しにしてしまうことがあります。
でも、「自分が我慢すればいい」で続いている関係は
長い年月をかけて、心を疲弊させます。
本音を隠す。
顔色をうかがう。
我慢を続ける。
それは少しずつ、生きづらさや自己肯定感の低下にも
つながっていきます。
誰かのために頑張る前に、まず自分の気持ちを
置き去りにしていないか。
必要なことは、相手に合わせ続けることではなく、
自分の本音を無視しないことです。
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