気づく人ほど仕事が増える。
「なんで誰も気がつかないんだろう」
そう思ったことはありませんか。
事務所に来客があっても、みんなパソコンに向かっ
たまま。
どこに声をかけていいかわからず玄関で困っている
人がいても、誰も動かない。
私は気づいてしまいます。
「気づいちゃった。行くしかないな」
そう思って席を立ちます。
でも、本当は私だって忙しい。
途中の仕事もあるし、やらなければならないこと
もたくさんあります。
心の中では、
「誰かやってくれないかな」
と思っていることもあります。
それでも、目の前で困っている人をそのままには
できない。
気づく人ほど仕事が増える。
これは、「気づいた人が仕事を抱え込んでしまう」だけの問題なのでしょうか。
福祉の仕事を20年以上続けてきて、私はそれだけで
はないと思うようになりました。
気づく人が動くことで、気づかなかった人も困る
ことなく、職場の仕事は回っていく。
そんな積み重ねも、仕事の負担が偏っていく理由
の一つなのではないかと思います。
この記事では、私自身の経験から、「気づく人ほど
仕事が増える」職場で何が起きているのか、
そして気づく力を失わずに仕事を抱え込みすぎない
ためにはどうすればいいのかを考えてみます。
気づく人ほど仕事が増えるのはなぜ?
職場には、「誰の担当」とはっきり決まっていない
仕事がたくさんあります。
来客に気づいて声をかける。
電話が鳴ったら取る。
困っている人がいたら対応する。
利用者さんのいつもと違う様子に気づいたら、
確認する。
こうした仕事は、一つひとつを見ると、それほど
大きな仕事には見えません。
でも、気づくたびに対応していれば、その分だけ
自分の仕事は止まります。
私もこれまで、
「気づいたから、やる」
「誰も動かないから、私がやる」
を何度も繰り返してきました。
もちろん、気づけることは悪いことではありません。
福祉の仕事では、小さな変化に気づくことが、
利用者さんの安全や安心につながることもあります。
ただ、そこで一つ考えたいことがあります。
気づいた人が、毎回自分で対応しなければならない
のでしょうか。
「気づく人ほど仕事が増える」という状態は、
その人の性格や働き方だけが原因ではありません。
誰が対応するのか決まっていない仕事を、いつも
同じ人が拾い続けることで、少しずつ仕事の偏りが
生まれていくこともあるのだと思います。
気づく人ほど仕事が増え、いつの間にか役割にもなる
最初は、たまたま気づいただけだったのだと思いま
す。
来客があったから声をかける。
困っている人がいたから対応する。
誰も動かなかったから、自分が動く。
一回だけなら、それで終わります。
でも、それが何度も続くと、
「あの人がやってくれる」
という状態が、少しずつ当たり前になっていきます。
誰かに「あなたの仕事です」と言われたわけではあり
ません。
それなのに、いつの間にか自分がやることになって
いる。
私は、こうした仕事が職場には意外と多いと感じて
います。
そして厄介なのは、自分自身もその状態に慣れてし
まうことです。
「また私か」と思いながらも、
「まあ、私がやったほうが早いか」
と動いてしまう。
その場は、それで解決します。
でも、それを繰り返していると、本来は誰の仕事と
も決まっていなかったことが、いつの間にか
「いつも動く人の仕事」になっていきます。
仕事の偏りは、大きな仕事を一つ任されたときだけ
に生まれるものではありません。
こうした名前のつかない小さな仕事が、同じ人に
少しずつ積み重なることでも生まれていくのだと
思います。
気づいても、動かなければいいのか?
「そんなに仕事が増えるなら、気づいてもやらなけ
ればいい」
そう考えることもできます。
実際、以前に、普段からあまりこうしたことに動か
ない人から、
「やらなきゃいいんですよ」
と言われたことがあります。
確かに、その通りなのかもしれません。
私自身も、
「今度は誰かが動くまで待ってみよう」
「全部、自分がやらなくてもいい」
と何度も思いました。
でも、実際に目の前に困っている人がいると、
なかなかそうはいきません。
来客がどこへ行けばいいかわからず立っている。
電話が鳴り続けている。
利用者さんの様子がいつもと違う。
それに気づいているのに、
「私はやらない」
と見ていることのほうが、私にはストレスになりま
す。
そして、「やらなきゃいい」という言葉に、私は少し
引っかかりました。
みんなが「やらなきゃいい」と思ったら、その仕事
は誰がやるのだろう。
目の前で困っている人への対応は、なくなるわけで
はありません。
誰かがやらなければ、そのまま残ります。
だから私は、「気づかない人」になりたいわけでは
ありません。
福祉の仕事を長く続ける中で身についた、相手の様子
を見て必要なことに気づく力は、むしろ大切にした
いと思っています。
ただ、ここで分けて考える必要があることにも
気づきました。
「気づくこと」と「気づいたことを全部自分でやる
こと」は違う。
気づいたら、必ず自分で対応しなけえrばならない
のか。
誰かに声をかけたり、役割を振ったりすることは
できないのか。
必要なのは、気づくことをやめることではなく、
気づく人だけに仕事が増える状態を当たり前に
しないことなのだと思います。
気づく人ほど仕事が増えるのは「中断」にもある

来客対応ひとつなら、数分で終わることもありま
す。
電話一本取ることも、困っている人に声をかける
ことも、それだけを見れば大きな仕事ではありませ
ん。
でも、その数分が一日の中で何度も入ってきます。
自分の仕事を始める。
誰かが来て、席を立つ。
戻って続きを始める。
今度は別のことに気づいて、また手を止める。
その繰り返しです。
一方で、気づかなかった人は、その間も自分の仕事
を続けることができます。
ここに、単純な仕事の数だけでは見えにくい差が
生まれます。
仕事が一つ増えるだけではなく、自分の仕事を何度
も中断される。
私は、この「中断」の負担も大きいと感じていま
す。
一度手を止めると、
「どこまでやったっけ?」
と確認するところから始めることもあります。
そして夕方。
周りが仕事を終えていく中で、自分の仕事が
残っている。
そんなとき、
「私の仕事が遅いのかな」
と思ったこともありました。
でも、本当にそれだけなのでしょうか。
自分の仕事を続けられた人と、何度も途中で止めて
誰かの対応をしていた人では、同じ一日でも自分の
仕事に使えた時間が違います。
それでも最後に見えるのは、
「仕事が終わった人」と「仕事が残っている人」。
そこだけを比べてしまうと、気づく人がその日どれ
だけ小さな仕事を拾っていたのかは見えなくなってし
まいます。
気づかなくても、誰かがやってくれる職場
「どうして気づかないんだろう」
以前の私は、そう思うことがよくありました。
でも今は、少し違う見方をしています。
もしかすると、気づかないというより、気づかなく
ても誰かがやってくれる状況が続いているのかも
しれません。
来客があれば、誰かが対応する。
電話が鳴れば、誰かが取る。
困っている人がいれば、誰かが声をかける。
結局、いつも誰かが動くので、その場はまわります。
そして、その「誰か」がいつも同じ人だったとし
ても、仕事そのものは終わっていきます。
だから、表面上は問題がないように見えます。
でも、その裏では、
「気づいちゃったから、私がやろう」
と動いている人の仕事が、少しずつ増えていきます。
以前、私は「やらなきゃいいんですよ」と言われま
した。
でも、もし私がやらなかったら。
そして、ほかの人も「自分の仕事ではない」
と動かなかったら。
最後に困るのは、来訪した人だったり、利用者さん
だったり、ご家族だったりします。
だからこそ、これは「気づく人が勝手にやっている」
「嫌ならやらなければいい」だけでは解決できない
問題だと思うのです。
もちろん、すべての人が同じように周囲を見て、
同じように動けるわけではありません。
得意なことも違います。
それでも、特定の人の気づきや善意があることを
前提に、職場が回っていないか。
そこは、一度考える必要があるのではないでしょう
か。
気づく人ほど仕事が増える職場に変えるには、
「もっと周りを見て」と個人に求めるだけではなく、
気づいたことを特定の人だけが抱え込まなくても
いい仕組みが必要なのだと思います。
気づくことと、自分で全部やることは違う
私はこれまで、何かに気づくと、そのまま自分で
対応することが多かったと思います。
「気づいたんだから、私がやらなきゃ」
どこかで、そんなふうに考えていました。
でも今は、少し考え方が変わってきました。
気づいたからといって、最後まで全部自分でやる
必要はない。
たとえば、自分が手が離せないなら、
「来客の方がいるので、お願いできますか」
と誰かに声をかける。
利用者さんの変化に気づいたなら、自分一人で抱え
るのではなく、看護師や介護職など必要な人につな
ぐ。
自分で気づいたことを周りに伝えることも、一つの
「動く」だと思うようになりました。
もちろん、声をかけるより、自分でやってしまった
ほうが早いこともあります。
それでも毎回、
「私がやった方が早いから」
と引き受けていたら、結局また同じところに戻って
しまいます。
私が手放したいのは、「気づくこと」ではありませ
ん。
周りを見ることも、小さな変化に気づくことも、
福祉の仕事を20年以上続ける中で身につけてきた
大切な力だと思っています。
だからこそ、その力を長く使っていくためにも、
気づくことと、自分で全部背負うことを分ける。
それが、これからの私に必要な働き方なのだと
思っています。
気づける力を手放さず、抱え込みすぎない働き方へ
「なんで誰も気づかないんだろう」
そう思いながら、私はこれまで何度も席を立ってき
ました。
忙しくても、目の前で困っている人に気づけば動く。
それは、私が長く仕事をする中で大切にしてきたこ
とでもあります。
だから、これかも「気づかないようにしよう」とは
思いません。
ただ、気づく人ほど仕事が増える状態を、自分自身
が当たり前にしてしまわないことも大切だと思って
います。
気づいたら、自分がやる。
ではなく、
気づいたら、必要な人に伝える。
誰かに頼む。
一緒に考える。
そんな選択肢を持っていてもいい。
以前の私は、真面目に働くことと、できることを
引き受けることを、どこかで同じように考えていた
のかもしれません。
でも今は、少し違います。
気づけることは、自分の力。
でも、気づいたことを全部背負う必要はない。
そう考えられるようになりました。
真面目に働いているのに、なぜか自分ばかり仕事が
増えていく。
そんな働き方については、別の記事でも私自身の経験
を書いています。
【関連記事】
👉真面目に働く人ほど仕事が増える理由|頑張り方
を見直した経験
気づける自分を否定するのではなく、その力を大切
にしながら、自分自身の疲れ切らない働き方をして
いきたいと思っています。
Be kind to yourself, too.


コメント