ゴールデンウィーク、夫は毎日出かけていました。
私は夕方まで家を空ける予定があり、
次女がひとりになる時間があったので、夫に、
「家にいてほしい」とLINEをしました。
でも、17時30分に帰宅すると、夫は家にいませんでした。
その時、私はあらためて、子どもの安心に対する感覚が、
夫と違うんだなって感じました。
家事をして欲しかったわけじゃない
家事をしてほしかったわけではありません。
料理でも、片付けでも、何か特別なことでもない。
ただ、子どもにとって「親が家にいる」その安心を、
私は大事にしていました。
何か特別なことをしてほしかったわけでもない。
でも、夫にとっては、それほど重要なことではなかった
のだと思います。
子どもに対する感覚のズレ
その日、次女からこんな話も聞きました。
「一緒に行く?ってパパから聞かれたけど、
行かないって言ったら、一人でどっか行ったよ」
その言葉を聞いたとき、違和感を感じました。
普段、仕事でずっと一緒にいてあげられない。
だからこそ、こういう時くらい、そばにいて
あげればいいのになと思いました。
でも夫は、子どもの安心より、自分の予定や
気分を優先していた。
そこに、大きな感覚のズレを感じました。
家事の負担より、子どもに対する感覚のズレのほうが、
私にはずっと苦しかったです。
決して埋められない溝。
「同じ空間に大人がいる安心感」の意味が違った
私は、「同じ空間にいること」に意味を感じます。
子どもにとって、親が家にいること。
何かあったときに、「誰かがいる」と思えること。
それだけで、安心になることがある。
でも、夫はそうではなかった。
そこに、大きな感覚のズレを感じました。
子どもってすごい
以前、賞味期限が切れたラムネを夫が
子どもに渡す出来事がありました。
私は、それを聞いて「えっ、ありえない…」と
怒りが湧きました。
でも子どもは、夫からの「ラムネは賞味期限が切れても
大丈夫だよ」という言葉を聞いて、
「そうなんだ」
とラムネを受け取り、賞味期限切れについては
追求しませんでした。
私は、子どもの感情を心配しました。
「ショックを受けてないか」「不安になっていないか」
でも子どもは、夫に賞味期限切れを伝えず、食べずに
置きました。
「パパは、深く考えないで、渡しちゃったんじゃない?」
子どもは、自分で考えた上で、賞味期限切れのラムネを
夫から受け取っていました。
私の考えだけが正解じゃない
気づいたことがあります。
私の考えだけが、正解ではない。
子どもがとった行動「あえて言わない」
それも、正解。
私は、少しずつ、子どもへ任せることも
覚えています。
揺れた日でも、私は戻れた
もちろん、今も夫に対して思うことはあります。
でも、感情を広げすぎないことも、今の私には
大事だと思っています。
とりあえず、子どもは無事だった。
それでいい。
揺れた日だったけど、感情にひっぱられず、
戻れた。
私は、「親が家にいる」その安心を大事にしたかった。
あなたは、子どもにとっての安心を、どんなふうに
感じていますか?

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